複雑系計算特論1および2 第6回

鈴木泰博

概要: 前回のレポートの講評のあと,課題で出題していた自然計算から形式計算への進展について述べる(この問題を解いていた人たちはほぼ全員正解してました).


前回の課題の講評:今回のレポートはちょっと難しかったようだった.正解している回答はかなりレベルが高かった.伝わっていないな..とおもったのは,計算,という考え方かな... アルゴリズム,正規型,観測という概念だけが”上すべり”してしまっていて,本質をつかんでいない回答が多かった.

確認しておくと,

アルゴリズムそのものは,Turing Machineなどによる計算の定義と全く同じものだ.なので,アルゴリズムは手続き的にアルゴリズムとして与えられないと「意味がない」.

正規型とは計算代数で使われている概念で,ラムダ計算などで出てくる簡約系と同じ意味である.それを,計算が停止しない場合にまで拡張している概念でもある.

正解集合の概念は,この枠組みのトリッキーなところで,異論・反論も多いところでもある.

自然計算から形式計算への進展は,レポートに回答していた人たちは,みなさん正解していた.今回は,ここからはじめよう.


自然計算から形式計算への進展

主観的検証を行う計算は自然計算と定義したことにより,先述の「主観的検証」を行う計算はすべて自然計算となる.よって,私たち人間を^む自然系一般に自然計算は遍在している.

たとえば, 今日ではワインとよばれるブドウ酒は,偶然にブドウが群生しているところで潰れたブドウが自然発酵しているのが発見されたのだろうと言われている.化学はおろか醸造法も発展していなかったであろう当時, その" おいしい液体"を再現しようと,その場にあるブドウなどを潰したり水を加えたりといろいろ試行錯誤が繰り返されたのであろう.

このワインをつくるための試行錯誤とは「ブドウ液の作用の順序による状態変化」であり,正規型はその状態変化の結果に得られる"得体の知れない液体"となる.そして観測系として私たちの味覚の正解集合があるため,ワイン醸造も計算系とみなすことができる(以下ではワイン計算系).

ワイン計算系が自然計算の場合は,とてもワインとはいえないような怪しい液体(正解候補)でも,その計算主体の主体的検証の結果「正解」となればワインとなる.だがその"その計算主体がワインとする液体"は,他の多くの主観的検証系(つまり,そのワインをテイスティングする人々)からは「不正解」とされるであろう.よって,それなりの人々でワインを共有する場合には,それなりに多数の主観的検証系が「正解」とするワインができるようにアルゴリズムを改変(プログラミング)していく必要がある.ここでのワインの検証では,主観的検証系が集団となることにより客観を構成しその結果,主観的検証系(自然計算)から客観的検証系(形式計算)へと進展していく例を示している.

この主観的検証系から客観的検証系へと進展させることにより,自然計算を形式計算へと変化させていく試みは自然科学一般の方法である.多くの場合,大きな発見は1人の科学者による勘や経験に非合理的な直観から生まれる.その発見の新規性が高い場合には客観的検証が行えない場合も多い.そこで「その大きな発見かもしれない物事」を客観的検証が行えるように,試行錯誤を繰り返していくことになる.

そこでは自然計算系から形式計算系への進展が試みられその結果,完全に合理的な形式計算系が構築されるか(多くは数学や物理の場合),もしくはワイン計算系のような,合議的な形式計算系が構築される.

後述するが,計算機科学は形式計算(数の計算)と自然計算(論理)の融合により輿ったものである.数や集合といった計算機科学や数学の基礎には自然計算(人間による認識)があるため,合理的な形式計算系の構築は困難である.

たとえば,幾多の困難をひきずっている人工知能では,知能という自然計算系を,合理的な形式計算系に発展させていくには困難が多く(フレーム問題や自然言語処理での意味処理ほか),近年では合議的な形式計算系(自然言語処理での統計・コーパスの使用など)へと方向を変えたことにより,新たな展開が見えはじめてきた.今後も(本当に存在するかわからない)「純粋なる知能」なるものを取り出した合理的形式計算系ではなく,環境との相互作用を取り込んだ,合議的な形式計算系として人工知能は発展していくであろう.

ここまでで,計算の再定義,をおわりにする.再度注意してほしいのは,この再定義には従来のTuringや原始帰納関数による計算の定義(Church-Turingの提唱)を含んでいる点である.この定義は簡単にみえるけど10年ぐらいかかった(時間をかけたから正しいわけではないけどね).当然,いろんな批判や議論があった.印象的なのは,ある小さな国際会議で「受け入れられない!」と憤慨していた理論家が,翌年に講演してたら「1年間よく考えてたんだけど..やっとわかった.数学的に厳密化するとそうなるね」と言っていた.


さて,ではちょっと戻るかんじになるけど..熊楠の科学論を圏論として解釈してみよう.なぜ,そんなもんを担ぎ出したかというと,最初は集合と写像で定式化をした.それはそれで楽しいのだが,表記がどんどん複雑になって,自分以外の人にはほぼ理解不能な代物になってしまう.さる大先生から「ここはすべて一から考え直した方がいい」とご忠告をうけ...どうしたもんかなぁ..と一夏考え込んだ.

 その頃に,つきあいがあった物性物理の先生が圏論に凝っていて,おそろしく難解な理論をうちたてていた.あまりに難解だったので,2018年前の春先だったに先生の大学まで出向き泊まり込みで教わった(けど,もちろん,完全には理解できまへんでした).そんな頃に大先生から「これじゃあ誰もわからないのでは..」とご忠告をいただき途方に暮れていたので「もしかしたら圏論で書けるノデハ?」と..圏論をつかってみたら,なんか夏の終わりにとってもスッキリ書けてしまった.たしかその秋に神楽坂の理科大であった物理の研究会に誘われていて,そこでこの熊楠の圏論的解釈の話をした記憶がある.演題には率直に,南方熊楠の..なんちゃらの..圏論的解釈,みたいのを出してしゃべった.

南方熊楠はいろんな文献を漁ってかたっぱしからオベンキョウしてみたんだけど,どうも「トホホ」な論説が多く,なかには「そんなばかなー!」と絶叫するようなトンデモ論説が..これがけっこうあるんですわ.結局のところ研究書や解説よりも,熊楠の書いたものが一番ということがよーくわかりました.理科大での講演のときにも,前フリに,そのあたりの事情を面白おかしくカラカッテいたのでありますよ.なかでも,超有名人の先生のトンデモぶりも交えてね.すると,一番前の席で最初っから最後まで腕組んで怖い顔で睨みつけっぱなしの先生がいらして,「あっ!」と気づいたんだけど,その先生はmわたしがカラカッていた大先生の「大親友」だったのでした..

閑話休題.

熊楠科学論の圏論(カテゴリー論)による解釈

熊楠が「いろいろの順序で心物名事の四つを組織するなり」と述べているように,これら4つを基盤として彼の科学論は構築されている.だが熊楠の科学論ではこれら4つに加えて「印」(「名」を「心」に映したの)があったはずだが,科学論の構成では「印」が無視されている.これに留意しつつ熊楠科学論を圏論をもちいて記述してみる.

当初は熊楠の科学論を集合と写像をもちいて定式化してみた.だが「物」や「事」そして「不思議」などを,集合をもちいて記述することに無理をかんじていた.さらに能力不足から記述が煩雑になってしまった.圏論は全くの素人であるが,試みに圏論をもちいて記述をしてみたら,集合を定義しなくてよいなど気が楽で,さらに比較的簡潔に記述できたので,以下にそれを記す.ただそれだけのことで,かかる経緯で,止むを得ず記述の言ロとして圏論をつかう.圏論の予備知識は無用であるし,私は圏論の向度な概念を使う能力も知識もない.もし本格的に圏論に興味がある方は類書をご参照いただきたい.

この部分だけ急にとってつけたようにしたくない.そこで,圏論をどのように捉えて記述に用いるのか最初に簡単に述べる.

集合・写像では要素に着目してモノコトを考察するが,圏論では要素間の相互作用(写像に相当)に着目する.この目のつけどころの違いが相互作用を基盤とする熊楠の科学論とは相性がいい.

要素に着目して相互作用を考察する場合は,たとえば f : x → 1のように, x とその写された先が気になる.この場合であれば分母が*0** になるとマズイので,要素 x0になるか否かが気になり,xの集合の定義の仕方にいろいろと気をつかう.とくに「物」や「心」など,それは集合として定義できるのか,どの種類の写像なのか(全射,単射,全単射など)などいろいろ気にしだすと煩雑な記述になってしまう.

その点,圏論では集合ではなく,ものの集まりとして" 対象'と,対象間の写像に相当する" 射'というおおまかな枠組みで構成されている.もし必要ならば集合や写像を圏として構成することもできる.視点を要素から射にうつすことはよいとして,どのように要素ではなく射のみで射を特徴づけるか?

  1. 圏の定義について

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熊楠科学論の構成部は前掲した以下であるが,これを圏とみなすためには結合律を満たす必要がある.結論からすると,熊楠科学論の枠組みは結合律をみたすため圏となる.

まず,熊楠の立場では,無知な主体(私たちなど)と全知な存在(大日如来)は本質的には同じであり,十分な時間・経験を経れば全知たりえる.全知な立場からすると時間や空間(距離)がなくなる(「因果は断えず,大日は常在なり.心に受けたるの早晩より時を生ず.大日に取りては現在あるのみ.過去,未来一切なし.人間の見と様全く反す.空間もまた然り.」).

もし全知であれば,知を得るために時間を生じさせる行為(計算)は不要である.私たちでも11 × 11の計算結果を知っていれば改めて計算することはしないが,これは「11 ×11=121」と知っているからである.

無知なる計算主体はやがて全知になるが,それまでの間はある対象について,もし結合順序により結果が異なる場合は,それらを到達可能集合としてまとめてしまうこととする.やがて全知,もしくはそれに近づいていくと,到達可能集合の全体か部分集合の要素がすべて同じものであることがわかるかもしれない.このように,到達可能集合により結合律の成立を保証することを「知の完備化」とよぶことにする.たとえば 2 × 3 + 4 の到達可能集合は{10, 12}となる.以下の圏論による定式化では,まず前提として「心,物,名, 事」の結合では「知の完備化」により結合則が保証されているとする.全知に至るまでは,たとえば (心名) 事と心 (名事)のでは異なる状態へ至るかもしれないが,その場合は遷移可能なすべての状態を同一の到達可能集合にまとめてしまうことで完備化を行う.

以上より,熊楠の科学論は圏として以下のように定式化できる.

圏論は柔軟なフレームワークが特徴であるため,以上は熊楠科学論の圏論解釈の一例に過ぎない.以下ではこうして定義された圏を「熊楠圏」とよぶことにする.

ナンダカわけわらかん..とおもうひともいるかもしれない.私だってそうだ.

この資料は http://www.cs-study.com/koga/category/VeryBasicsOfCategoryTheory.pdf とても直感的に「圏論とはなにか?」を教えてくれている.

さて,圏論がはじめてのひとが多いとおもうので,今回はここでとめる.ちょっと圏論に慣れるための課題をだしておわりにする.


課題:しめきりは来週の水曜日(5/20)の午後5時@NUCTの「課題」に添付ファイルをアップロード

1) 圏の例を3つあげよ(先週の課題で”3つあげよ”との指示に1つしか挙げない回答が複数あった(言うまでもなく,1/3しか回答していないので自動的に減点となる).

2) 1)での圏を,圏の定義を満たさなくなるように,せよ.

ヒントのかわりの例

1)個人主義圏:(わたしはわたし,あなたはあなた)

対象:わたし, あなた

射: 

(逆もまたしかり),なので合成射は存在しない.

AS: 合成射が存在しないのでASは考える必要なし.

恒等射: であり,.またである.

よって個人主義圏は「圏」になっている.

 

2) 1)の個人主義圏を「圏ではないように変更」する(名付けて,恋人圏)

例1)恋人圏: (わたしはあなた,あなたはわたし)

対象:わたし, あなた

射: 

合成射の存在: は自明存在するのでOK.

AS: , なので よって圏の定義を満たさなくなった.

 

こんなかんじで,圏をつくって・こわす,ことをやってみる.上では射をいじったが,恒等射をいじって圏でなくすこともできるし..いろいろできるので圏に慣れてほしい.


そろそろ春1期の課題を出しておきましょうかね.

以下の2つの課題のうち1つを選択せよ.

  1. Self-Reinforcement Reactionsを発展させた創発計算系を構築せよ
  2. 計算の定義を基に,自然のなかに計算系を見出して実際に計算系を構築せよ.

評価方法とルールは第1回で告知しているとおりです.

課題の評価基準

A+ : 独自に実験系や数理モデルを作成し,シミュレーションや理論的考察を行い結果をまとめる.

A : 実験系や数理モデルなどを作成し,計算機シミュレーションや理論的考察を行い,結果をまとめる.

B: 数理モデル,シミュレーションなどを行い結果をまとめる.

C: 数理モデル,シミュレーションなど行っているが,内容が乏しい.

F: 提出しているだけで,コース資料などをなぞっているだけで,内容がほとんどない.

 

今回は以上です.締め切りに気をつけてNUCTから課題を提出してください