複雑系計算特論1および2 第4回

鈴木泰博

概要:前回の課題をチェックしたところ,概ね,「物」,「心」,「事」の概念は把握できていた.南方の科学論はここから,相互作用系になる.また,そのなかで創発に相当する概念も提示されている.

「名」と「印」:創発現象が生じるしくみ

真言の名と印は物の名にあらずして,事が絶えながら(事は物と心 とに異なり,止めれば断ゆるものなり),胎蔵界大日中に名として のこるなり.これを心に映して生ずるが印なり.故に今日西洋の科 学哲学等にて何とも解釈のしようなき宗旨,言語,習慣,遺伝,伝 説などは,真言でこれを実在と証する,すなわち名なり.

例えば,日本語や英語などの言語は人類が出現する以前には存在していない し,人類が出現と同時に出現したわけではない.言語に限らず,宗旨や習慣 そして伝説なども人類が出現してしばらくしてから創発してきたものである. 創発の定義は様々だが?) ここでの創発の定義は国語辞典による「要素間の局 所的な相互作用が全体に影響を与え,その全体が個々の要素に影響を与える ことによって,新たな秩序が形成される現象?) .」とする.

熊楠は“ 創発 ”という言葉を用いていないが,事実上「名」と「印」は創発 現象に相当する.創発システムが提唱されて数十年を経ているが(第 1 回創 発システムは 1996 年に開催),未だに大多数の研究者が同意する創発現象が 生じるしくみは提案されていない.これに対し熊楠は 1903 年(明治 36 年 8 月 8 日の土宣法竜宛て書簡) )に創発現象とその成立の仕組みを提案している.

創発現象を生じさせるために必要な仕組みとは,「事」が生じた際に「心」 (胎蔵界大日)にその痕跡がのこり) .同様の「事」が生じるたびにその痕跡が 強化されていく仕組みである.この仕組みがあれば創発現象が生ずる.この仕 組みとは,相互作用(「事」)を通して「心」が自身の「心の中の痕跡,つまり 記憶」を強化させる仕組みであるため,これを自己強化系(Self-reinforcement system)とよぶことにする) .

自己強化系 Self-Reniforcement System [Suzuki, Davis]

こっから脱線

Self-reinforcement system は鈴木がP.Davis(レーザーカオスの専門家, ATR研究所の同僚,現在はたしか通信会社ベンチャーのCEOになっていたような気がする)と提案した数理モデル.当時鈴木はATRの客員研究員で,なんでも一刀両断にしてしまうPeterと雑談していたときに

「あなたは,いろんな数理モデルをつくって多様なダイナミクス(力学系)をつくりだしているけど,理論物理学者として「これはまいった..」というような,ダイナミクスをつくってみてよ」

と提案をうけた.そこで,Population Dynamicsとルール力学系をカップリングさせた,数理モデルをつくってみた.やってみると,これが面白く,カオス状態から構造が出現し,それが自己崩壊して,さらにあたらしい構造が出現していくようなダイナミクスをつくることができた.これをPeterにみせると

「う〜ん,こりゃ,理論物理の枠組みでも説明できないかもな..」と考え込んだ.Peterがそんなことを言うのは珍しいなぁ..とPeterとこのモデルについて議論をすすめて,短い論文にまとめているときに,彼が

「あ!だめだ,これは,初期のレーザーカオスのダイナミクスだよ!」

と叫んだ.脱線が激しくなるのでここで止めるが..私のつくったモデルは,レーザー物理学の黎明期,細かい割れ目があるような結晶をつかって実験をしていたころに,よくあるダイナミクスだった.私のモデルは極めて単純なものだったが,2つの力学系が絡んでいるので,そのときはよくわからなかったが...それからしばらくして,Peterの「レーザーカオス」がKeywordになって,なにがおきているかよくわかった.

わたしの悪い癖だが...理解できる前というのは「不思議」なので夢中になって,いろいろと頑張る.そうしているうちに,ほんとうにわかる,と「ものすごく当たり前のこと」になる.なのでそこでやめる.ものすごく当たり前なので,あえて論文などにする気にもなれず..そのままになる.ポストをとったり予算を獲得するためには,そこで論文を書いて短期的なリターンは得られるんだろうが..でもね,そこまでとことん現象をおいつめて「小学生にだって説明できるぐらいに」完璧に理解すると,それが自分の思考と同化する.

閑話休題.

「事」は「物」と「心」によって起こるため,同様の「事」が生じるとは 「心」が同様の「物」と相互作用することになる.ある「物」の集まりが「心」と相互作用して同様の「事」を繰り返し生じさせると「心」のなかに同様の “ 痕跡 ”が残されていく.「事」は消失するが痕跡は残るために,その痕跡が強 化されていくとそれは“「心」の中にある「物」のようなもの ”となって,そ の「物のようなもの」に「心」が作用できるようになる.この「物のような

「もの」が「名」であり,この「名」に「心」が作用したものが「印」となる. つまり,熊楠の創発論のポイントは自己強化系で,この系があると「事」に よる記憶(痕跡)を強化するメカニズムにより,「物」のあつまりが「心」の なかの「名」となることで「物ー心」系から「名ー印」系が創発してくるこ とになる.

心は事によってあらわる.事をはなれて心を察すること能力わぬと 同じく,名もまた事によってあらわる.(事の重畳複積して,単箇の 事々でなく,全く単箇の事々と別になれるものが名,酸素一原子と, 酸素のみながら三原子重複せるオゾンと,作用行動異なることく.)

(田辺近処に麁火家という村あり.この村のものは下戸が二升という ほど飲むなり.一人の一飲み取りては事,一村に取りては名,さて 飲むといえば,この村を記出する心上の映が印.物みな印あり.物 に付くる一切終始の事どもの創発なり).


課題:「物ー印」系から「名ー印」系が創発することを示せ.もし可能ならば,簡単な計算機シミュレーションを行なってもよい.

ヒント:この創発現象のプロセスで重要なことは,記憶,である.「事」がくりかえし生じると「心」のなかに同様の”痕跡”が残されていく.だが,「事」は「心」の作用(力)が失せると瞬時に消えてしまう.ここだ.「事」がきえて「心に痕跡が残る」.つまり「物」ー心ー「事」の相互作用で,「物」と「事」を写す,マップに重みがかかるとうことだ.

なぜ私たちは「物:不審者」をみて(心)「不審者がいる!と認識する(事)」のだろう?もし,それはその不審者を,はじめてみた,からだ.もしその不審者を(なんとなく覚えていて)2度見たらどうだろう?

不審者(物)ー心ー”あの”不審者(事)

のように,”あの”,という「特定」がはいってくるだろう.では,その不審者を毎週木曜日にかならずみるとしよう.するとたとえば,

不審者(物)ー心ー”木曜の”不審者(事)

のように「心の痕跡」が強くなっていく.もし,その”不審者”を知人が何人も目撃しているとしよう.するとこういった会話が成立する.

「木曜日に不審者をよくみない?」

「あ,知っている!よくいるよね,スタバの前でしょ!」

「そうそう!」

のような会話が成立する.やがて,この不審者には「木曜おじさん」のような呼び名があたえられて,

「あのさ,木曜おじさんが,ファミリーマートの前に座り込んでいたよ!」

のように言われるようになる.つまり,その不審者(物)は,なんども目撃される(事)ことにより,木曜おじさん(名)が生じたことになる.”木曜おじさん”は,その不審者の存在がないと,生じていない「名」であり,「事」が重ねられることにより,創発してきたものである.

「名」となると”木曜おじさん”と聞けば,みんな,「60前後ぐらいで,スーツを着た教授みたいにみえるひと」と心に思い浮かぶ.なので「木曜おじさん,今日は茶色のスーツを着ていたよ」と聞けば,その姿が「思い浮かぶ」つまり..「名」(木曜おじさん)に「心」が作用して「印」が生じたわけだ.

これを数理モデル化すればよろしい.「よしわかった!」という方はぜひ,この創発現象を数理モデル化やシミュレーションしてみてほしい.

「..でもどうやって..orz..」となる方には,便利で簡単な確率過程を紹介しよう.

それは「ポリヤの壺」という確率過程で,詳しくは有名なフェラーの「確率論とその応用1」に出ているし,確率過程の本にはでているので数理的な詳細はそちらを参照ください.

ポリヤの壺:中が見えない壺の中に黒,白,..の玉がはいっている.そこからランダムに1つ取り出して,取り出した色と同色の玉をn個戻す.

簡単でしょ.ただこれっだけです.n=1だと高等学校で習うような復元抽出の確率で,n>1となると確率にバイアスがかかる.これをつかえば,心のなかの痕跡,を表現できるのでは?

(ヒントおわり)

 

曼荼羅としての熊楠科学論

以上までが熊楠の科学論の大枠であり,彼はこの論を曼荼羅として表現し以下のようにまとめている.

簡単に示せとのことながら,曼荼羅ほど複雑なるものなきを簡単に はいいがたし.いいがたいが,大要として次に述べん.すなわち四曼 荼羅のうち,胎蔵界大中に金剛大中あり.その一部が大日滅心(金 剛大日中,心を去りし部分)の作用により物を生ず.物心相反動作 して事を生ず.事また力の応作により名として伝わる.

さて,力の 応作が心物,心事,物名,名事,心物心,心名物,... 心名物事,事 物,心名,... 事物心名事,物心事,事物,... 心名物事事事事心名,心 名名名物事事名物心というあんばいに,いろいろの順序で心物名事 の四つを組織するなり. 例.熊楠(心),酒(物)を見て(力),酒に美趣(名)あることを, 人に聞き(力)しことを思い出し(心),これを飲む(事・力).つ いに酒名(名)を得.スクモムシ(心また物),気候の変(事)に より催され(力),蝉(心また物)に化し,先祖代々の習慣(名)に より,今まで芋を食いしを止めて(力・事の変),液(物)を吮う

(事).ただし,代々(名)の松の液をすいしが(事),松なき場処 に遭うて(力・物の変),止むを得ず柏の液をすう(事の変にして 名の変わり). 右のごとく真言の名と印は物の名にあらずして,事が絶えながら(事 は物と心とに異なり,止めば断ゆるものなり),胎蔵界大中に名と してのこるなり.これを心に映して生ずるが印なり.故に今日西洋 の科学哲学等にて何とも解釈のしようなき宗旨,言語,習慣,遺伝, 伝説などは,真言でこれを実在と証する.すなわち名なり.

「事」力学系

前節で熊楠科学論の大枠をまとめたが,そこで重要な「事」についてはさらに詳細な検討が行われている

心界が物界とまじわりて生ずる事(すなわち,手をもって紙をとり鼻をかむより,教えを立て人を利するに至るまで)という事にはそれぞれ因果があることと知らる.

「事」とはその成り立ちからして必然的に因果を含む.熊楠はこの因果を 2 種 類,縁と起に分類している.

因はそれなくては果がおこらず. また, 因果なればそれに伴って果も 異なるもの, 縁は一因果の継続中に他因果の継続が竄入し来るもの, それが多少の影響を加うるときは起([...].

熊楠, 那智山にのぼり小学校教員にあう. 別に何のことなきこともなきときは縁.)([...]. その 人と話していて古の撃剣の師匠の聟ときき, 明日に尋ぬるときは [...] 起.)(聟 (むこ) とは婿の こと. 著者注).

「熊楠が 那智山にのぼるとは「事」であり,その際に「小学校教員にあう」こ とも「事」であり,ここれでは 2 つの事が干渉している.このような干渉の 結果,特になにも生じなければこれを「縁」とし,その干渉により新たな因 果(「事」)を生じさせる場合を「起」とする.

故にわれわれは諸多の因果をこの身に継続しおる. 縁に至りては一 瞬に無数にあう. それが「心」のとめよう, 身体のふれようで「事」 をおこし(起.)それよりいままで続けて来れる因果の行動が, 軌道 をはずれゆき, またはずれた物が, 軌道に復しゆくなり.予の曼荼羅 の「要言,煩わしわからずと謂うべし」というべき解はこれに止ま る.これを実例を挙げて演繹せんには,なかなかむつかしく,一生 かかるも言い尽くし得べからず.

たとえば私たち人間の聴覚はおおむね 10Hz から 20,000Hz 程度の周波数しか 認 識 で き な い . そ れ 以 下 ・ 以 上 の 周 波 数 と は ま さ に“「 縁 」 が な い ”. だ が 可 聴域の音が生じている場、たとえば空港の雑踏のなかには一瞬にして無数の 音との「縁」があるが、私たちはそのほとんどの音とは「起」を起こさず無 視している.だが,自分が乗る航空機の搭乗ゲートの変更案内や,うっかり出発時間を勘違いしていて地上係員が自分を探している声などは敏感にフィルタリングし方向転換して変更された搭乗ゲートへ向かったり,慌てて搭乗 口へ走り出したりと「起「を生じさせる.

また,上記の引用部から,熊楠は“ 曼荼羅 ”を静的な記述ではなく無数の「事」の動学としてとして,つまり 複雑相互作用系として捉えようとしていたことがうかがえる.

また「縁に至りては一瞬に無数にあう. それが「心」のとめよう, 身体のふ れようで「事」をおこし(起.)それよりいままで続けて来れる因果の行動が, 軌道をはずれゆき, またはずれた物が, 軌道に復しゆくなり」については,先 出の自己強化系の計算系をもちいた計算機実験で,まさにこれと同様の振る 舞いが生ずることを確認している(後に詳説する).

今日の西洋の問題にてはこの最大の必用件を単に事相中の一事と見 ゆるゆえ,いろいろと難題が出るなり.これを実在にして名(印は物とはなれぬもの,今日物を論ずるも,実は印の論に過ぎず.真実 の物は知れざればなり)を立てた上,初めて事々の重複せるものを 概して,それぞれ名を付し,分類し得ることとなるなり.(因果は断 えず,大日は常在なり.心に受けたるの早晩より時を生ず.大日に 取りては現在あるのみ.過去,未来一切なし.人間の見様と全く反 す.空間もまた然り.)故に今日の科学,因果は分かるが(もしくは 分かるべき見込みあるが),縁が分からぬ.この縁を研究するがわ れわれの任なり.しかして,縁は因果と因果の錯雑して生ずるもの なれば,諸因果総体の一層上の因果を求むるがわれわれの任なり.

熊楠は科学が自然を「事」としてとらえようとするために困難が生じると している.例えば,以前に香り刺激(物)に対する植物(心)の葉表面電位 (事)を調査したことがあるが,同じ香り刺激を与えても植物の応答は千差万 別で,平均化してしまうと統計的にはコントロール(香り刺激なし)と有意 差が出ず,また刺激を与えていない状態の表面電位も植物個体によって異な るため,表面電位の変化が刺激への応答なのか,生理的な変化なのかが区別 できず大変苦労したことがあった.これはつまり,それぞれの植物の葉表面 電位を「事」として見ていたため,多様な「事」に振り回されていたことになる. この実験の場合,個別の葉表面電位の実測値(事)はみないことにして,時系列パタンとして分類したところ,数種類に分けることができた.上の引用 によるとこれは時系列パタンとして数種類の「名」をたてて,分類したこと に相当するであろう.この分類によって,確かに同一の香り刺激に対する表 面電位応答の因果はそれなりに明らかにすることができた.この研究はそこ まで行って未発表のままであるが,熊楠のこの“ 指南 ”に従うなら,さらに香 り刺激に対する葉表面電位の時系列分類をどんどん調査していくことで,意 識的に因果を錯雑させていけばその総体から一層上の因果(縁)を見出すこ とができるのかもしれない.

また,熊楠の「事(因果)」を計算系として計算機実験を行った結果から は,多様な因果のなかから,一層上の因果が創発現象として出現してくるこ とを確認している.「事の計算系」は後に抽象化学系として詳説するが,単純 なもので因果律の集まりによる計算系である.

後に抽象化学系として詳しく述べるのでここでは簡単な例をあげると「事」 計算系(抽象化学系と同じ意味)では因果律は {a → b : (r1 ), b → a : (r2 )} の ように記述される.各々の因果律では左辺が因で右辺が果となる.たとえば この因果律が a という「物」と出会うと r1 の左辺が「物」と「事」を生じ a が b へと変化する.すると r2 の左辺が「物」b と「事」を生じて b は a へと 変化する.このような枠組みで因果律を複雑にしていくと縁起も複雑化する が,場合によっては一層上の因果が出現してくることがある(創発現象).


課題:しめきりは来週の水曜日(5/20)の午後5時@NUCTの「課題」に添付ファイルをアップロード