第13回 シェパーディングとハーネス

シェパーディング (Shepherding)

例えば、犬が飼い主の指示に反した場合, 飼い主は人間の子供を叱るように犬を叱ったりする(犬が自然言語を''人間と同様に''理解できているかはともかく).すると, 叱られた犬はその飼い主の意図を理解して指示に従うようになる. 一般的には犬の側も吠えたり, 行動することを通し飼い主に対し意志伝達を行うことが可能で,人と犬は相互作用することができる(ある種の猟犬にいたっては, かなり緊密な相互作用を人間と犬との間で意思疎通行うことが可能である) .

だが同様のことをフェレット, ヘビ, 金魚に行っていくと次第に相互作用はしにくくなっていく. そのため, 犬との場合のような言語性をもった相互作用ではなく, 餌付けや, 音などの物理刺激により相互作用を試みるようになる. 例えば,池の鯉に餌をあげるときに, 手を打つこと(物理刺激)を繰り返すと, 鯉は音に反応するように条件付けができる. しかし, 大津波や山崩れが起きた場合に, 叱っ ても, 嘆き訴えても海や山には通じない. 海や山に''餌を与えない罰'' を加えることもできない.

シェパーディング計算

私たちは相手に応じて相互作用を行う''メディア''を変えて相互作用を行っている. 犬との場合には声やシグナル言語, それらの言語が通じない動物とは条件付けや物理信号(手を打つ音), など相互作用可能なメディアを探し, そのメディアを用いて相互作用を行ってきた.

なぜ, 私たちは対象にあわせて相互作用の仕方を変えるのだろうか? 犬が尻尾を振って飛び跳ねながら嬉しそうにしているときに頭を撫でてあげると, 犬がさらに喜んだりしてこちらまで嬉しくなる. 一方, 「ヘビが嬉しそうにしている」と思って頭を撫でたらガブリと噛まれたとする. すると私たちはびっくりする. それは, ヘビが予想と違う動きをしたからである. つまり, 私たちの相互作用には (暗黙のうちに)''反応の予測''が含まれている. 相手への働きかけ(因)に対し何らかの規則性や合理性のある反応がある(果)場合, 私たちは相互作用できていると感じる. そしてその基盤には因果律による予測がある. この予測が立たないと私たちは''相互作用できない''と感じる.

つまり, 相手と相互作用を行うことができるメディアをみつけて, 何らかの因果が共有できる場合(南方の科学論における縁起が成立する場合)に私たちは相互作用をすることができる. これは人間のみならず, 自然系一般において日常的に相互作用可能なメディアの探求とその改善が行われている.

例えば, 私たちは古くから牧羊を行っており, そこでは羊の群れを必要に応じて自在に制御してきた. いわゆる牧童の数は羊の頭数よりもずっと少ないことが一般的あるが, 私たちは羊の群れと相互作用するためのメディア, 声や牧羊犬など,をみつけて改善してきた. そして, 羊の群れと相互作用を行い制御している. この牧羊については工学的に興味がもたれて, シェパーディング(shepherding)とよばれ研究が行われている.

本書ではシェパーディング計算系(以下では簡単のためシェパーディング)について, 系の部分系の自由度に制約を与えることで, 系が自律的に制約解消を行うことを誘導し間接的に制御を行うことをシェパーディングとよぶことにする. ここで自由度とは, 系のダイナミクスを変化させることができるパラメータをさす.例えば, 羊の群れの一部を牧羊犬が威嚇すると, 威嚇された羊達の自由度は牧羊犬から離れる方向に制約される. すると, それら威嚇された羊たちに押されたり,離れないよう追従したりする副作用が生じ, 群れのなかに疎密な部分が生じる.そしてそれらの疎密を, 彼らにとって心地よいように, 解消する行動が自律的生じる.

シェパーティングを行うためには, 対象とする系が存在する空間や場をある程度把握しており系の自由度やその自由度に制約を与える方法やメディアが明示的にわかっていることが必要である.

例えば, 交通整理や混雑時の人混みの誘導, 犬や馬の手綱による行動制御もシェパーティングに相当する. 例えば, 馬の場合は騎手は手綱により自由度に制約を与え, 馬はその自由度を解消しようとして進路を変更させていく. そこでは騎手は馬の制御主ではあるが, 馬にも行動の自由があり, 手綱による制御を無視する自由がある. もし, 騎手の''手綱さばき''が下手であれば, 馬は勝手に行動するであろうし, 場合によっては暴走して騎手を振り落としてしまうかもしれない.これは群衆の場合も同様で, 群衆の側にはシェパーディングされていることに従わない自由があり, もし何かのきっかけで群衆が暴徒化してしまった場合には,暴徒を個別に拘束し強制的に個々の自由度に制約を与えないと制御できなくなる.

以下では簡単のため, シェパーディング計算系を簡単なマルチエージェントシステム, Multi Agents System, MASにより定式化する(これをと表記す る). MASは同じ性質をもった台のエージェントで構成され, 各々が最大の自由度, (つまり変数なりセンサーなり)をもつとする. そしては''原則として外部入力ではなくMASの相互作用になかで自ずから定まっていく量とする. このMASの計算は評価函数により評価されるとする.

このMASでの自由度の制約数をとする. 制約のさせ方には種々の場合が考えられるが, ここでは制約を外部からの破壊的入力とする. 破壊的入力とは, 制約を与えるが何らかの値を持っていたとしても, それを上書きして入力することを指す.

定義: 自律的MAS MASのすべてのエージェントの自由度がである場合, そのMASは自律的であるとする.

以上の定義に基づき, あるエージェントの自律度, を以下のように定義する.

よってなるエージェントのみで構成されるMASは自律的MASとなる.また, ​なるエージェントのみで構成されるMASは, 動作はすべて外部入力に依存することになるため, これを''隷従的MAS''とよぶことにする.

ここでは各々のエージェントの自律性についてのみ議論しているが, 自律性はエージェントの構成を特徴づけるものであるため, 実際のMASについて議論する場合には, どのようなエージェントの自律性の分布とMASの評価との関係について議論することになる. 以上を踏まえ, 本書での, シェパーディングの定義とは以下ようになる.

定義: シェパーディング 最大の自由度をもつNエージェントにより構成されるにおいて, の自由度の制約を, のエージェントがうけることによりの最大化をはかることをシェパーディングとよぶ.

上述した本書でのシェパーティングでは, なる部分系について制約をかける場合をさしている. よって各々のエージェントの自律度が高い場合であっても, 制約をうけるエージェントがほぼ全員の場合(の場合)にはシェパーディングとは, 本書では, よばない. また制約をうけるエージェント数がよりも充分に少ないとしても, それらのエージェントが隷従的エージェントとなっている場合には, シェパーディングとよばない. 少数の隷従的エージェントによりMAS全体が制御されるようなMASとは, 外部入力が行動を制御するリモートコントロール(鉄人28号的な)制御となる.

シェパーティングの評価 シェパーディングを行う場合には, この簡単化した議論では, 自由度の制約を行うエージェント総数と制約数の2変数により評価の最大化を行う. ここではシェパーディングそのものの評価について簡単に考察してみる.

シェパーディングの本質は部分系へ与えた制約の系全体への波及であり, 理想化した状況を仮定すれば, 例えば先出のLBM法などを用いて離散流体として扱うことができるだろうが, 以下では波及効果を折り込んだ簡便化した場合について述べる.

以下では を固定しを変化させた場合について考察する. を固定しを変化させた場合や, を変化させた場合についても以下と同様に議論できるが冗長になるので省略する.

を構成する要素の特徴が均質で時空間変化のない自由度Fをもつ場合,各々の系の最大自由度を, エージェントの総数をとする場合に, シャパーディングする部分系, , 制約する自由度をとする. このとき, を評価する函数を (ここではeはによる評価をあたえる無次元量とする)とする.

いま, のエージェントに対し, の自由度に大きさ の制約を与えるとする. ここでとは制約の大きさに関する無次元量とする. に対しての自由度にの大きさで制約をあたえた場合の評価を以下のように示すとする.

ここでの組合わせによって決まる量である. つまりシェパーディングとはが最大になる場合, の組合わせの探索問題となる.かかるの発見が困難な場合にはシェパーディングを行うことが困難となる.シェパーディングの困難さを簡単に見積もってみると, 評価値がとなる確率は,

となる. もしとなる(もしくはほぼとなる)確率が極めて小さければシャパーディングを行うことが困難となる. シェパーディングの指標化に例えば情報量を用いると,

よりとなる. はシェパーディングの指標であるため, 情報量の加法性が成立するか否かはMASの性質による. もし(ある程度の)シェパーディングの加法性が成立する場合には,

より, 最適なシェパーディングを1回で行わなくても, シェパーディングを繰り返していくことにより最適なシェパーディングへ近づけていくことができる.

情報量の加法性とは, 例えばサイコロの目が1であることの情報量はより2.58となるが, これはの目が出る情報量の1.0とから1であることがわかるた めの情報量の1.58の線形和として表される性質の ことである.

例えば牧羊の場合などでは, シェパーディングを繰り返していくことにより, 羊の群れを目的とする方向へ誘導制御することができるため, シェパーディングの加法性が成立すると考えられる. 羊の群れのある一部が異なった方向へ動き出した場合に, その部分系の自由度に制約を与えた場合にすぐに目的の方向に誘導制御できる場合もあれば, 数回にわたって制約を与える必要がある場合も想定できるが, いずれにせよシャパーディングを繰り返していくと, それらの部分系は目的の方向へ誘導制御できるであろう. 一方、ニワトリの群れの場合に牧羊と同様のシェパーディングを行った場合には, ニワトリの相互作用は''斥力''が働くため, 部分系に制約を与えるとニワトリは分散し, その分散が全体に波及してしまうためにシェパーディングの加法性は成立しないであろう.

この牧羊の場合とニワトリの場合との比較で示される通り, シェパーディングが可能な場合とは, 非線形な系であっても, 以上の情報量を援用したシャパーディングの操作の加法性, 線形性が成立する場合に可能となると考えられる. その意味でシェパーディングとは非線形系をある種の線形系として近似して制御するための方法とみなすことができる.

例えば, 牧羊と同様のシェパーディングをニワトリの群れに対して行った場合には, 操作の加法性は成立するとは考えにくく, ニワトリはあちこちに分散してしまうであろうから, その方法でのシェパーディングはすることができない.

シェパーディングの方法

以上より, シェパーディングの仕方をまとめると以下のようになる.

  1. 対象とする系の内部のダイナミクスをみつける
  2. 相互作用が可能で, 内部のダイナミクスに影響を与えることができる部分系をみつける
  3. その部分系と相互作用するための''メディア''と''言語''定める
  4. 自然系の振る舞いをみながら、部分系との相互作用を調整する

まず, 対象とする自然系の''内部ダイナミクス''を見つける必要がある. それは,充分な合理性をもっている必要はない. 次に相互作用が可能な内部ダイナミクスの部分系をみつける. だが, その部分系が内部ダイナミクスに影響を与えることができる必要ある.

ハーネス

自然系一般では, 対象の系の境界そのものを規定することが困難な場合も多く,内部ダイナミクスを推し量ったり, その内部ダイナミクスに影響を与える部分系を抽出することが困難な場合も多い. 例えば心臓や肝臓, 脳などの内蔵器官はその''境界''を規定することが困難な場合も多い.

肝臓はひとつの臓器としてみなされているが,少なくとも西洋医学では肝臓とは特定の臓器をさすものではない.

中医では肝臓とは, 西洋医学での肝臓という具体的な臓器をささない. だがそれは, 中医で解剖学が発達していなかったためではなく, 中医ではいわゆる肝臓とよばれる臓器が存在していることをよく知った上で, あえて1つの臓器に機能を集約させて考えることをしていない

実際は肝臓はホルモン系や神経系, 他の臓器などさまざまな器官や系からのフィードバックによって活動しているので, いわゆる肝臓という1つの臓器に機能がすべて集約されているわけではない. それは''脳はどこまでが脳か?''を問うことと同様に, 明確な境界の定義のしようがないものであ る. このような系についてはシェパーディングを行うことが困難となる.

だが, 境界が定義できない, 相互作用のためのメディアがわからない, シェパーディングも困難で扱うのが難しい, といくら嘆いてみたところで, 自然災害は人間の思いを超えて生じ人間の生命と財産を脅かす. 私たちが生きていくためには,ただ大自然を恐れているわけにもいかず, 私たちからすれば無道徳に振る舞うようにみえる大自然と共存していかねばならない. そして, 問題は喫緊であり, '' やられっぱなし''にしておくことはできず, すぐに何とかしなければならない.

従来から行われてきた対抗策は, 海や山に認識してもらえる代理人, をたてて交渉することである. ''山の神や海の神''を想定し, 神と交渉することができる交渉人として神官をたてたり, 祭りをしたりと様々に相互作用を試みてきた. その営みのなかで, 計算の立場からして興味深いのは''儀式''である. 儀式とは(たぶん)何らかの意味があるであろう''予め定められている''行為を''予め決められて動作を間違えないようにしながら, 順序だてて''行う, 計算的行為, である.そこでは勝手に動作を変えたり, 順序をアドリブで変えることは(たぶん)あまり許されていないのであろう.

シェパーディングとハーネスの違い

シェパーディングは操作可能な構成子や相互作用を用いて, 対象を間接的に操作する仕方である. 羊の群れは実際に手に触れたり, 声を掛けることができる構成子であり, 威嚇したら逃げる''という相互作用も, も私たちにとって, 予測可能である. 実際には羊たちの間で私たちには未知の相互作用が行われているかもしれないが, それらの影響は通常時にはあまり問題にならない(そうでなければシェパーディングができない).

一方ハーネスでは直接的にせよ間接的にせよ操作可能な構成子や相互作用が''わからない''. したがってシェパーディングを行うことができない. それは, 私たちが犬や猫はシェパーディングが可能であっても, 海や山をシェパーディングすることが困難であったのと同様である. そうした場合に私たちが行ってきたことのひとつが''儀式''であった. そこで, 南方計算系の枠組みで儀式について再考 してみる. ここで考察する儀式とは対象とする系に何らかの影響を及ぼす計算であるものとする(一般には対象に影響を及ぼしているか否かが不明の場合もあるだろう).


課題 シェパーディングが可能な自然現象を1つ挙げ,

  1. なぜその系がシェパーディング可能かを推定することにより示せ
  2. 「シェパーティングの方法」に沿って,その系をどのようにシェパーディングするかを示せ

今回はここまでです.おつかれさまでした.